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Case 1. 灘中に合格した生徒について年

 灘中に合格した生徒のほとんどは引き受けた時点で進学塾の灘クラスに在籍していました。合格の可能性が低くても灘クラスには何とか在籍してくれていないと、なかなか灘中には合格出来ないのが現実です。
 しかし中にはびっくりするぐらい伸びる生徒もいます。その生徒は5年生の春に引き受けた時点では浜学園で偏差値50程度でした。お母さんの希望としては灘、甲陽を受験できれば最高だけれども、何とか星光ぐらい受験出来る様にして下さいとのことでした。その当時の浜学園で偏差値70はないと灘中は合格出来ませんでした。漢字や計算練習、理科の知識事項の暗記はコツコツしてくれる生徒でした。
 漢字の勉強の時に注意して欲しいこと、理科の暗記事項のポイントの指摘、より暗記しやすい方法の提示を丁寧に続けました。そして算数はその子の目の前で一から図を書きました。図を書いて問題を解いた後でその図を隠して問題をその生徒に解いてもらうということを繰り返しました。1年後には偏差値が60を超えました。これで星光学院中なら何とかなるという手ごたえを感じました。
 しかしお母さんは気が変わられてどうしても灘中を受験させたいと仰いました。今のまま勉強を続けてもあと偏差値が10以上伸びるという保証は出来ませんと申し上げました。するとお母さんは週2回にしても駄目ですか?と仰いました。週2回にしたからといって、偏差値を50から60にするのと、60から70以上にするのとでは雲泥の差があるという事実に変わりはありませんと申し上げました。それでも灘中を受験させたいと仰るし、生徒本人もどうしても灘中を受験したいと言いました。
 こうまで言われれば、私も従わざるを得ません。今まで以上に指導に力を入れることにしました。週2回になるので理科の力のつり合いや水溶液、天体等よく出題される分野を丁寧に説明しました。暗記事項をまとめたレジメを今まで以上に制作しました。そして暗記が出来ているかを毎回チェックし出来ていなければ、また宿題にするという事の繰り返しを丁寧に続けました。算数は基本的には今までと同じく、質問の問題を目の前で図を書いて解くという指導ですが、もっと実力を付けてもらうために図の制作や説明を途中で止めて残りを自分で解かせるという方法を多用しました。この方法がこの生徒に合っていたようで算数、理科はいち早く何とか合格レベルに届きました。夏には志望校判定模試でB判定を取りました。夏休み以降は過去問で特訓をしました。10月にはA判定をもらいました。よく私の指導についてきてくれました。結果は灘中合格です。2年で偏差値でいえば25伸びてくれました。

 また別の生徒は夏休み直前の7月に引き受けました。希学園の灘クラスの最下位でした。前の家庭教師に灘中は無理だと言われたそうです。その家庭教師は希学園の算数の講師(灘クラスの)でした。その講師に5年生の春から1年ちょっと指導を受けていて灘クラスの最下位だと灘中は無理かなと思いました。
 まず前の家庭教師にどのような指導をしてもらっていたかを確認しました。1年ほど教えてあまり伸びなかったのですから、その講師の指導方法は間違いなくその生徒には適していなかった筈です。その講師は算数の図の書き方を速さの問題、割合の問題、比の問題、場合の数等それぞれの問題に合わせて教えその図を暗記しろというものでした。私の予想通りでした。これは塾で指導する一般的な方法ですが、家庭教師の指導法ではありません。しかし、プロといわれる家庭教師の中でもこの方法を採っている家庭教師が多いのも現実です。私は生徒の目の前で白紙の状態から図を書いていきます。そして絶えず生徒の顔色をうかがい、少しでも怪訝な顔をするとその時点で何故図をこのように書くのかを丁寧に説明します。図の書き方の根本的なことを叩き込みます。
 するとその生徒は私が質問された問題をすらすら解くものだからえらく感心するのです。何故そんなに感心するのかと聞くと、前の家庭教師の先生は塾の解答を見ながら解説していたと言うのです。その生徒は面白がって、理科や国語の質問もどんどん私に浴びせるのです。その都度私が的確で分かり易い解説をしているだけでその生徒の成績はぐんぐん伸びました。9月の志望校判定模試で灘中のA判定をもらいました。あっさりと灘中合格しました。これは私とその生徒の相性が良かったこともありますが、前任者の家庭教師のレベルが低かったことが原因です。一般に、一流の塾や予備校の講師は家庭教師としても一流だという誤解が蔓延していますが、多人数相手の指導法と一対一の指導法は根本的に異なります。保護者の方々はこの点を誤解なさらないことを切に願います。


Case 2. 灘高を受験し、エール大学に入学した生徒について年

 中学3年生の4月に引き受けました。その時すでに英語は灘高合格レベルでした。しかし残りの3科目はとても合格レベルとは言えませんでした。特に問題なのは、この生徒は小学5年生の時に日本にやって来て日本語の読解に少し難があるという事でした。しかし逆に考えると日本語の読解に難がある状態で 研伸館という一流の進学塾で成績を伸ばしてきたのですから、間違いなく能力があり、努力家でもあるという事です。これは何としても合格させてあげなくては。この生徒を灘高に合格させるのは私にしか出来ないと思いました。
 しかし週1回の授業で3教科を指導するのは至難の業です。とりわけ日本語力をどう伸ばすか、それが一番の難題でした。でも国語に時間を割くことは不可能でした。やはりまず数学の学力を伸ばす事が先決だと考え数学の過去問をする事にしました。その時に心掛けたことは、数学の設問の文章の解説を正確に且つ丁寧にすることでした。設問が正解であれ不正解であれ。助詞や助動詞の意味、微妙なニュアンスの違いを丁寧に解説しました。数学の過去問を解説するなかで少しずつ国語の読解力をあげる基礎を作り上げました。
 そして夏休みには週2回の指導にして頂けました。その中の1回は数学の学力を上げるのに全力を尽くしました。残りの一回は理科と国語の過去問をしました。理科は以前の数学と同じく理科の設問の文章の解説もしました。国語は読解力の底上げを心掛けました。そして、9月の塾の模試では、数学が2位になりました。これでいけるという手ごたえを感じました。ただ英語の勉強時間が減ったので英語の成績がベスト5から落ちたのが残念でした。そこで9月からは英語の過去問をして、知らない単語や熟語が出てきた時の解法を徹底的に指導しました。これで英語の成績も元に戻りました。
 後は4教科をバランス良く指導し、灘高に合格させる事が出来ました。英語以外の3教科は偏差値で10程度上げる事が出来ました。灘高合格の食事会に招待された時に灘高での勉強方法を教えました。今までの受け身の勉強ではなく、予習中心の勉強にすることが大切だと。特に理科、社会は予習の段階で内容を完全に理解しようとすること、何が大事で、何を暗記しなければならないかを自分で考えることが必要だと。こうする事でまだ完全ではない日本語の読解力も向上すると。そして学校の授業は自分の予習の理解が正しかったことを確認する場にすること、すなわち理解が不完全であればその場で理解を完全にし、暗記が不完全であればその場で暗記を完全にすること。
 SATの数学の試験は数学特有の文章の英語表現に慣れるとそんなに難しくはありません。やはり難しいのは英語でnaitive感覚がないとあの長文を短時間では出来ません。naitiveの知人がいるなら毎週(出来れば毎日)メールで連絡を取り合うことを勧めました。これで灘高での成績を上げて灘高の先生のOKがもらえればアメリカの大学に行けると助言しました。結果はエール大学入学です。


Case 3. 洛星中に合格した生徒について年

 洛星中もレベルが高く灘、甲陽ほどでなくても、進学塾の特進クラスに在籍してくれていないと合格は難しいです。もちろんそうでない生徒もいます。ある生徒を6年生の5月に引き受けました。引き受けた時点では希学園の最下位でした。灘クラスの最下位というのではなく、希学園全体の中で最下位でした。彼は岡山から6年生の4月に大阪に引っ越してきてすぐに希学園の入塾テストを受けたそうです。結果は合格でしたが成績は希学園の生徒の中で最下位という事でした。岡山の学校では学年で一番だったらしく、ショックを受けて大急ぎでプロの家庭教師を探して私のホームページに辿り着いたそうです。いくら教育熱心な岡山市とは言え、大阪とは比べ物になりません。この成績は致し方ありませんでした。

 さてこの生徒の肝心の実力ですが、確かに岡山の学校で一番というだけあって公立小学校の5年生レベルは確実にありました。しかし大阪の進学塾では6年生の5月には小学校卒業レベルは優にあります。すべてに受験レベルではないという状況でした。一回3時間週2回ですべての科目の学力を上げることになりました。漢字、語句の勉強の仕方、理科社会の暗記科目の暗記の仕方の基本をまず教えて毎日コツコツ勉強する事を指示しました。幸いこういうことはサボらずにきちんとする生徒でした。そのチェックをお母さんに任せ、私はその中で間違えた問題や質問を丁寧に説明し、暗記のやり直しをさせました。そして算数と理科の物理化学分野は算数の計算問題を含め徹底的に演習させました。

 夏休みには定期の週2回に加え臨時に時間の調整が付く時には出来るだけ私の授業を入れるという形で回数が増えました。一学期にやってきたことをさらに密度を高めて授業を続け、夏休み明けには何とか星光学院中ならC判定という処まで上昇しました。ただ今一つ決め手がないという感じでした。そこで私は洛星中の国語の過去問を解かせました。結果は私の採点で80点でした。文句なしの合格点です。ご両親に第一志望校を星光学院中から洛星中に変更する事を薦めました。お母さんは洛星中は盲点でしたと仰って下さいました。この生徒は小さい頃から小説をよく読んでいて物語文の読解が得意だったのです。本人は洛星中なら合格出来ると感じたのか今まで以上に勉強に力を入れてくれました。

 するとあとは算数と理科の苦手分野の水溶液の問題でした。算数はとにかく図を書くことをサボらせないことでした。この生徒は暗記物はキチンとしてくれるのですが、算数となると頭の中だけで考え図を書かない時があったのです。そうした面が理科でもあり水溶液の問題が苦手である理由でした。図を書く練習を徹底的に反復させました。分かっている事を図に書く、それを水溶液の問題の時にもするのだと指摘しました。具体的には過不足なく反応する段階を表の中に書き込むこと、これさえ出来れば水溶液の問題は得点源になりました。12月には志望校判定模試で洛星中A判定になり、見事に合格してくれました。希学園の偏差値で言えば、9ヶ月で15伸びてくれました。


 もう一人はお兄ちゃんも洛星中に合格した生徒です。この生徒を小学5年生で引き受けた時に、「この子は兄とは違うので宜しくお願いします。」とお母さんに言われました。その意味は授業を続けるうちによく分かりました。最初の授業の時には算数の力はお兄ちゃんと同等かそれ以上あるかもと感じましたが、何かにつけサボり癖のある生徒でした。最初のうちは家庭教師が物珍しいのか宿題をそれなりにしてくれていましたが、数か月後には私が来る直前に大急ぎでするという状況でした。間違えた問題は再課題になり、暗記事項で暗記が出来ていなかったものは私の目の前で5回書きをさせられるのが分かっているのにも拘らずです。そのことでその生徒を叱るとより勉強しなくなり受験出来なくてもよいとまで言い出す始末です。それでまたお母さんと相談する事になりました。

 まだ5年生なので勉強する気が出るまでこのままあまり注意しないで、私の目の前だけでも勉強させていくべきですと進言しました。進学塾に行っている訳ですから、6年生になって周りの友達全員が受験に対して真剣になってくると間違いなく一生懸命勉強するようになりますと。そうなればお兄ちゃんと同じ遺伝子を持っているのですから、必ず洛星中に合格出来ますと。案の定6年生になると私やお母さんがとやかく言わなくても自然に勉強するようになりました。そこで今までの遅れを取り戻すべく私の授業が週2回になりました。宿題のチェックや暗記事項の5回書き等をより厳しくやっていきました。生徒もそれに応えて頑張ってくれました。そして夏休み前の模試で洛星中C判定でした。もちろんまだまだ満足出来るものではありませんが、5年生の時を考えると格段の進歩です。するとお母さんから夏休み以降は週3回にして下さいとの申し入れがありました。もちろん快諾しました。

 夏休みには算数の図の書き方の訓練を徹底的にしました。理科の物理化学分野の解き方も算数と同じく自分で図や表を書かせ、設問に表が書いてある場合にはその表に足りない事項を書き込ませる作業を徹底的にやらせました。すると夏休み明けの模試では洛星中B判定になりました。生徒は大変喜んでますます勉強の意欲が高まりました。そこで夏休み明けからは塾のフォローは質問だけにして、洛星中の過去問を週3回やり込むことにしました。約2か月過去問付けの結果、10月の模試で洛星中A判定になりました。あとはこのまま勉強を続け見事に洛星中合格です。6年生になってからは非常に順調でした。指導回数を増加してくだっさた御両親に感謝です。


Case 4. 甲陽学院中に入学した生徒について年

 甲陽学院中の場合も灘中の場合と同じく、進学塾の特進クラスか甲陽クラスに在籍していないとなかなか合格しません。甲陽学院中に合格した生徒の中で非常によく伸びてくれた生徒を二人、紹介しましょう。

 一人目は、4年生の4月に引き受けました。希学園の特進クラスで偏差値は55程度でした。お母さんは何とか灘中、甲陽学院中に合格させてくださいと仰いました。ちょっと難しいかなと思いましたが、あと3年あるので何とかなるだろうと思いました。

 まず大切なのは、コツコツと宿題や知識事項の暗記をする習慣を作り上げることでした。4年生の時は週1回だったので毎週宿題のチェックをすること、塾の宿題で分からない問題があれば質問のFAXをさせてそれに対してのレジメを作成して送信することが私の主な仕事でした。そしてそのレジメの内容を理解しているかどうかもチェックしました。

 5年生の春には偏差値が60台になり、私の授業が週2回になりました。5年生になり特に力を入れたことは、時間に余裕が出来たので、算数の図の訓練でした。とにかく自分で図を書かせること。そしてその図のどこがおかしいのか?どの点に不都合があるのか?を丁寧に説明しました。図の書き方の基本を徹底的に指導しました。国語では読解の基本となる知識事項の整理、特に口語文法の基本の説明、漢字の微妙なニュアンスの説明、漢字の部首の意味の説明、慣用句などでは語源の説明を丁寧に続けました。こういう事項は、塾は「暗記しろ」としか言いません。しかしこれらの事項も印象に残るように面白く、分かり易く説明するだけでかなり身に付くのです。例えば「おおざと」と「こざとへん」の意味の違い、「整」の漢字の成り立ちと意味等、レベルの高い生徒であれば、説明だけで忘れません。理科では力のつり合い、水溶液、天体等良く出題される分野の説明、そしてモーメントを図の中に必ず書き込むこと、完全に反応する段階を必ず表に書き入れる事等、理科の問題を解く上で実行して欲しいことを説明しました。また、暗記事項の整理のために私特有の暗記の仕方をまとめた理科のレジメを何枚も作成し、それを暗記させました。

 そうして6年生の春には偏差値が70ほどになりました。こうなるともう占めたもので、あとは今までやってきたことを丁寧に仕上げていくだけです。夏休みが明ける頃には偏差値が70半ばになり、灘中も合格可能な圏内になりました。でもこの生徒は灘中の算数の1日目の試験、多くの問題を素早く解くというタイプの試験を苦手にしていたので、甲陽学院中を受験することにしました。結果は文句なしの合格です。


 二人目は、6年生の夏休みに引き受けた生徒です。星光学院中が志望校でした。
その当時は星光学院中は算国理社の4科目受験でした。算数以外の3科目は十分合格レベルでした。ところが肝心の算数が今一つでした。この生徒は算数が苦手なんだろうと考えていました。ところが最初の授業でその生徒は「算数は苦手ではない、復習すれば出来る。」と言うのです。私は「ピーン。」ときました。そこでその生徒に速さの問題を中心に十題ほど図を書いてもらいました。そして図を書かせている途中でおかしい点や不都合な箇所が出てきたらその都度何故その図がおかしいのか何故その図の書き方に不都合があるのかを丁寧に説明しました。するとその日の最後には見違えるほど図の書き方が上達していました。私は帰宅する前にお母さんに言いました。「志望校合格は大丈夫です。」と。算数の図は問題のパターンに分けて暗記するものだと考えていたのです。確かに算数の図の書き方にはいくつかパターンがありますが、本来算数の図は、自分の理解を図にまとめるという点に意味があるのであって、暗記するものではありません。この生徒は根本的な処で勘違いをしていたのです。

 契約は夏休みだけだったのでその生徒は星光学院中に行くのだろうと思っていました。
ところが夏休みの最後の授業の時にお母さんから継続の申し入れがありました。本人が「どうしても甲陽学院中に行きたい、山本先生と一緒に勉強したら合格出来そうな気がする。」と言い出しました。と仰るのです。もちろん快諾しました。何とか週1回は私の週1日の休みの日に入れることが出来ましたが、出来るだけ学校の臨時の休みの日や早く学校から帰って来れる日に追加を入れる事にしました。

 とにかく算数の図の書き方を含めて実力の絶対値を上げないと甲陽学院中には届きません。自分で出来るだけ頑張って質問を用意してくれていました。私の説明で納得出来ても後で必ず2回はやり直す作業を着実に実行してくれる生徒でした。そして臨時でする授業の時には理科の過去問を丁寧に解説して、私特有のレジメを暗記させました。そして10月の志望校判定では甲陽学院中のA判定をもらいました。12月の模試では灘中にも届くのではないかという成績を収めました。夏休み前と比べて希学園での偏差値で10は上昇しました。甲陽学院中合格です。


Case 5. 関西学院高校に合格した生徒について年

 いわゆる関学高ですが関学高を第一志望にする生徒はスポーツをするためにこの高校を受験する場合が多いです。スポーツを一生懸命している生徒はあまり勉強していない場合がほとんどです。すると私の仕事もキツイものとなる事が多くなります。

 最初の生徒は中学受験で関学中を受験した生徒です。中学受験を経験したのですからそれなりの学力がある筈です、通常は。しかしこの生徒は中学になってからサッカーばかりしていたそうで偏差値は50を切っていました。合格させるには偏差値を15は上げないといけません。しかしまだ中学2年生です。焦らず徹底的に英語の学力を上げる事にしました。数学も大切ですが関学高の場合は英語の配点が高いのでまず英語です。体育に関してはサッカー部で頑張っているので心配ないでしょう。

 塾にも行っていないので教材を何にするか生徒の実力を考えて少し悩みましたが、確実に実力を付けさすためにシリウスを使う事にしました(今はシリウス21ですが)。数学は体系問題集、国語は新中学問題集に決めました。週1回なので国語はこちらが課題を与えて自分でしてもらう事にしました。ただ分からない箇所があれば必ず質問するようにと指示しました。もちろん一方的に質問を受けるだけではなく、気になる事項はこちらから質問をしたりしました。

 数学と英語の課題は必ずFAXさせました。週1回で時間が足りないので効率良く授業を進めるため、送られてきたFAXを私が採点して間違えた問題を再課題にしてそれを再びFAXさせました。それをまたチェックして次の授業に備えました。この作業を丁寧にするだけで週に7~8時間必要でした。他の生徒のFAXも目を通さないといけないので、この生徒を担当している2年間は慢性的な睡眠不足でした。

 1年たつと国語と英語の実力は何とか関学高を受験出来そうなレベルまで上昇しました。この2科目はこのペースで勉強させれば合格レベルに届くと思われました。問題は数学です。関学高に頻出の2次関数や円の証明問題等が苦手だったのです。そこで御両親にお願いして夏休みは週2回にしていただきました。そして夏休みの間徹底的に過去問で演習して苦手分野を克服させました。サッカー部が試合に勝ち進んでサッカーの練習と私の過去問のシゴキとで生徒は疲れ切っていました。

 9月になるとサッカー部の活動もなくなり、三科目の過去問の演習だけに集中できました。私のシゴキによく耐え見事に関学高に合格してくれました。受験当日の事を後で生徒に聞くと、私との勉強の方がきつかった、入試そのものは楽だったと言っていました。家庭教師にとって最高の褒め言葉でした。


 次の生徒は中学3年生の時に引き受けました。この生徒は剣道部に入部していました。一応塾にも行っていたので偏差値でいえば10ほど伸ばせば合格圏内という感じの実力でした。夏休み前まではクラブ活動があるので週1回で英語、数学の基本を、塾の宿題の質問に応えるという形で指導しました。

 夏休みに入る直前にクラブ活動が終了し勉強に集中出来る環境が整いました。夏休みから週2回にして頂いたので3教科の過去問を丁寧に解いていく事にしました。実力的に言えばまだ過去問の演習には少し早い感じがしましたが、この生徒はテストのやり方が非常に下手だったのです。他の模試等でテストのやり方を説明するぐらいなら、過去問を解きながらテストのやり方を説明するのが効率的だと考えたのです。

 数学ではこのタイプの計算問題にはこのぐらいの時間をかけ、途中の計算結果を元の式に下線を引きその下に書くとか因数分解の問題が出てきた時には因数分解した式を必ず展開して自分の因数分解が正しかったかどうかをすぐに確かめないといけないとか、方程式を解く場合にも解が出てきたらすぐに元の方程式に代入して正しい解かどうかを確かめるとか、図形の証明問題では補助線を引かないと解けない問題が多く、その補助線を引く原則はこうだ(これは私独自のものでこの原則をつかえば90%は解けます。じゃあ残りの10%はどうするんだという事になりますが、10%は出来なくてよいのです、ほとんどの受験生が出来ないので。)というようなことを徹底的に演習しました。

 英語では関学高によく出題される単語や熟語、英文法を理解、暗記させることはもちろんのこと、関学高に必出の英文読解の演習を徹底的に訓練しました。その際に一番気を付けたのが知らない単語や熟語が文章中に出てきた時の対処法です。これを習得させるのにかなりの時間を割きました。(これは企業秘密でここには書けません。)それから英作文では出来るだけ簡単な文章を書くこと、出来れば英会話で使う言い回しを使うほうが良いと指導しました。

 国語は三教科のなかでは一番実力がありました。過去問の演習をするだけで読解力は上昇しました。ただ口語文法は苦手のようでよく間違えました。そこで口語文法の基本を徹底的に説明し、私独自の暗記方法を何度も5回書きをさせました。2か月ほどかかりましたがなんとか口語文法も理解、暗記してくれました。かなり良い成績で合格してくれました。


 3人目の生徒はテニスをしている生徒でした。中学2年生の時に引き受けました。この生徒はA方式(一般入学試験)ではなく、B方式(自己推薦入学試験)で受験を考えている生徒でした。

 スポーツをしている生徒でもほとんどの場合はA方式になります。B方式で受験するにはスポーツでかなり良い成績を収めていないと無理です。一般的に言えば全国レベルでないと駄目です。その生徒は府県レベルで言えばナンバー1であり、近畿地方レベルでトップ3に入るかどうかと言う実力でした。B方式で受験すると言ってもまずテニスの実力を上げること、テニスの大会で好成績を挙げることが最優先でした。テニスを優先するので勉強、すなわち私の授業がどうしても不規則になってしまいました。もちろんそれを承知で引き受けているので慌てた訳ではありません。

 一回一回の私の授業を大切にしていきました。まず生徒に強調したのは内申というか評定というか学校の評価を上げることです。それは学校の授業を一生懸命聞くことから始まります。テニスをしている時と同じ集中力で授業を聞くこと、と言っても具体性がないので生徒に分かり易く、学校の先生の目をしっかりと見つめ、先生の言ったことを全部暗記するつもりで聞きなさいと助言しました。絶対に暗記しなければならないというのではなく、暗記するつもりで聞くだけで授業内容が頭の中に入ると説明しました。もちろんそれまでの定期テストを全部チェックして、各科目の基本事項を徹底的に説明しました。2か月もすると効果が出てきて、学校のテストの点数も上昇し、学校の先生からも授業を一生懸命聞いているなと褒められたと嬉しそうに言っていました。

 本当にスポーツを一生懸命にやっている生徒の集中力は凄いなと思いました。私の少しのアドバイスで評定を上げてくれました。テニスの成績も順調で2学期には関学高から合格の内定をもらえました。予定より早く私の仕事は終わりました。


Case 6. 滝川高に合格し立命館大学に進学した生徒について年

この生徒を引き受けたのはもう中学2年生になろうかという中学1年生の3月でした。
クラスの最下位、偏差値は30程度でした。体に少し弱い処があり、クラスの他の生徒からイジメを受けていたという事もあり、この成績でした。お兄ちゃんと同じ滝川高に入れてくださいとの依頼でした。

 「さてどうしたものか?」と思いました。滝川高に合格させるには偏差値25は上げないといけません。「2年で25、ちょっと苦しいな」と感じました。でも弱音を吐いたからと言って偏差値は上昇しません。とにかく出来る事からコツコツとやっていくしかありません。まず学校の授業を一生懸命に聞きなさいと注意しました。ただ一生懸命に聞くと言ってもよく分からないであろうから、学校の授業の時に学校の先生の目をじっと見つめていなさいと言いました。先生の目を見つめながら、先生の言っている事を全部暗記するつもりで聞きなさいと指導しました。もちろん全部暗記出来る筈がありませんが、全部暗記しようと思って聞くことで集中力がぐーんと上昇するのです。2か月ほど経過すると生徒本人から授業が少し分かるようになったという報告を受けました。授業を集中して聞くといっても、まずは滝川高受験に必要な数学、英語、国語の三科目なので負担は少なかった筈です。

 この間に私がした主な仕事は小学校の内容の復習です。算数の分数の計算の訓練、国語の漢字の復習、文章読解の基礎の説明、これらを小学校の復習と生徒に悟られないようにプリントをコピーして教えました。学校の授業が少し分かるようになったということなので、私の宿題を少し多めに出すようにしました。しかしその宿題が問題でした。宿題を単にすれば良いと考えていて、どれだけ間違えていようとも、暗記の宿題であればほとんど暗記していなくても、宿題をしたと考えていたのです。これからがプロ家庭教師の本領の見せ所です。徹底的に意識改革です。宿題をするという事は、宿題に出された事項を再びテストされた時に完璧に出来るようにしてこそ宿題をしたと言えるのだと、暗記の宿題であれば完璧に暗記してこそ宿題をしたと言えるのだと、教え込みました。もちろんそう簡単に完璧に出来るものではありません。しかし完璧に宿題をこなそうという意思が大事なのです。完璧に宿題をしようという意思がある限り、必ず生徒の学力は伸びます。

 3か月ほどして私の宿題がそれなりにこなせるようになったのを機に、2年生の9月から私の授業は学校より先行して進めることにしました。3年生の9月からは滝川高の過去問をする予定なので、あと1年で中学3年生の内容を終了させなければなりません。さすがに授業内容を先行して勉強するのは難しいらしく、私の授業が週1回の中学2年生の間は効率よく進める事は出来ませんでした。中学3年生の4月には週2回になりました、そうなると先行授業も少しは分かり易くなったようでようやく軌道に乗ってきました。3年生の夏休みには過去問をするための基礎造りを徹底的にしました。夏休み明けの9月の模試で偏差値40程度でした。まだまだ滝川高受験には不足ですが、これでも良く伸びてくれたと私は感じていました。

 私のプロ家庭教師の経験上、偏差値が低い生徒はテストのやり方が下手な場合が多いです。もちろん学力が低いのは確かなのですが、テストのやり方を手取り足取り教えてあげるとびっくりするほど伸びる場合が多いです(例外もありますが)。過去問でテストのやり方を特訓をすれば偏差値で10は伸びるであろうと考えていました。3か月間過去問漬けの結果、12月の模試で偏差値48になりました。でも滝川高にはまだ7足りません。学校の進路指導の先生には滝川は100%無理だから、志望校をワンランク下げろと強く言われたそうです。この生徒のお兄ちゃんも直前で良く伸びてもう少しで滝川高の特進に合格出来る処までいったのです。偏差値で20ほど伸ばしたので私はこの生徒を滝川高に合格させる自信がありました。私は生徒のお母さんに言いました、「絶対に合格させてみせます、志望校を変更する必要はありません」と。

 冬休みにはお昼の時間帯にほぼ毎日授業をしました。中学受験が終了して私のスケジュールに余裕が出来てから高校受験までは週3回のペースで授業をしました。結果発表の当日、お母さんは「合格しました」と電話口で仰ってから泣き出されてしまいました。こちらも思わずもらい泣きです。

 生徒は高校受験合格で自信が付いたのか、滝川高校での勉強は非常に順調でした。難なく立命館大学合格です。偏差値レベルで言えば5年間で30から65に伸ばしました。私のプロ家庭教師の人生の中でも会心の仕事の一つです。


Case 7. トゥレーヌ甲南高校に合格した生徒について年

 トゥレーヌ甲南中学、高校には5人合格者を出していますが、その中の1人の事を述べたいと思います。

 この生徒は中学3年生の4月に引き受けました。一学年242人中242番の生徒でした。つまり最下位です。偏差値は不明でした、というのは模試の類は一切受験した事がないからです。私のプロ家庭教師の経験上この生徒の偏差値レベルは25前後だと思われました。通常考えられる最低レベルと考えてよいと思います。一回3時間週2回私の授業をする事になりました。幸いご両親は生徒の学力を良く把握されていて進学校や公立高校への進学は仰られませんでした。私がトゥレーヌ甲南高校受験を申し出る前にご両親の方からトゥレーヌ甲南高校受験を仰いました。これはありがたかったです。

 まずは勉強の習慣を付ける事と最低限の実力を付ける事を優先することにしました。遠回りのように見えて、これが一番合格への近道です。ところが、いざ授業を始めてみると2回目の授業の時に私の出した宿題がほとんど手つかずだったのでそれを叱ると、何と私の前から逃げ出し外出してしまったのです。お母さんがすぐに私の所にいらして事の次第を説明して下さいました。今までの家庭教師の時もこのようにすぐに嫌な事から逃げ出し、家庭教師の先生方も辞めてしまったそうです。そして勉強の習慣も付かずここまできたということでした。私は提案しました、授業料は3時間分で結構ですからこのまま生徒が帰宅するまで待って、それから授業をしたいのですがと。お母さんは願ってもないことですと仰って下さいました。この生徒が帰宅したのは午前0時を回っていました。そこから私の授業の再開です。彼はまさか私がまだいるとは思っていなかったらしく(今までの家庭教師たちがそうだったから)びっくりしていました。やっていなかった宿題を一つ一つやらせました。眠気が出てきたらお母さんに言って頭から水を浴びてきてもらいました。その生徒は泣きながら問題を一つ一つ解いていきました。終了したのは午前3時頃でした。その後、私の前から逃げ出す事はなくなりました。逃げても私が帰らないのであきらめたようです。

 毎日最低限の漢字、英単語の暗記、文字式の計算問題演習をすることを宿題にして、私の授業の時に宿題のチェックをして、その間違えた漢字、英単語の5回書き、そして再課題、計算問題の間違えた問題は私の前で正解が出るまで何度でもやり直しをさせました。夏休みまでただこの繰り返しでした。夏休みには週3回にして頂けました。増加した回数は数学の応用問題、国語の読解問題、英文法英作文の基本をやりました。9月には国語英語は合格の最低点に近い点が何とか取れるようになりました。ただ数学の応用問題は全く駄目でした。その日の最初に出来た問題が私が帰宅する時には出来なくなっているということの繰り返しでした。それでも丁寧な指導をただひたすら続けるだけでした。

 受験の1か月前には国語、英語は何とか合格最低点が取れるようになりました。あとは数学だけです。一体どうしたら合格させられるか?睡眠時間を削ってとにかく考え続けました。 トゥレーヌ甲南高校特有の受験対策ですが(もうこの高校は生徒募集をしないので内幕をばらしても他の家庭教師を利する事にはならないのでここに書きます。)数学の計算問題の配点が50点あるのです、そしてその50点を全問正解に出来れば合格出来るのです、たとえ応用問題が全問不正解でも。そこで、最後の1か月間数学は計算問題だけをやらせました。ご両親にも数学の応用問題を絶対にやらせないようにお願いしました。実際の入試でも応用問題は無視して計算問題だけをするように、時間が余れば計算問題のやり直しをするようにと指示しました。合格の電話がかかってきたときには思わずガッツポーズが出ました。これでこの生徒は甲南大学に入学出来ることがほぼ確実になったのです。偏差値レベルで言えば25から45ぐらいには出来たと思います、模試は一度も受験させなかったので正確なことは分かりませんが。


Case 8. 公立高校に合格した生徒について年

 中学3年生の2学期には決定してしまいます。なので公立高校に合格させようとすると、中学2年生の時に引き受けるか、3年生の時点で引き受ける場合ならば、合格可能性のある成績からあまりかけ離れた成績でない必要があります。もちろん例外もあります。

 ある生徒を中学3年生の4月に引き受けました。成績は偏差値レベルでいえば40を切っていました。この生徒を週1回で全科目指導して、まず学校の定期テストで点を取らせなければなりません。もちろん週1回2時間の授業で全科目の講義が出来る筈もありません。全科目の宿題を出し、それらをすべてFAXさせ、その正誤を確認して更なる指示を出すという指導法を取る事にしました。ところが厄介なことが。「宿題は自分で採点してからFAXするように。」と指示していたのですが、英語ではスペルが1字間違えていても正解にしていたり、数学の証明問題では合同や相似の問題で対応する点を間違えていても正解にしていたりすることが非常に多いのです。こういう事が他の科目でも多いのです。それを次の授業の時に指摘すると、「宿題が多くてそこまで丁寧に正誤のチェックが出来ない。」とその生徒は言うのです。本当かどうか私は耳を疑いました。それで私の目の前で、宿題に出す予定の英語と数学の問題を少ししてもらって採点をさせました。すると採点のチェックが非常に遅いのです、わざと遅くしているのではなく、横で見ていて本当に真剣に採点していました。これは40の偏差値などではない30近いのではないかと感じました。それをご両親に質問すると今までに一番良かった模試の偏差値だと言われました。偏差値を平均すると30前半だという事でした。何故それを最初に言って下さらなかったのですかと伺うと正直に言うと先生が引き受けて下さらないと考えましたと仰るのです。確かにこのレベルで週1回で一か月先の中間テストで結果を出すのは不可能だと思われました。しかし一旦引き受けておいて投げ出すのは私の主義主張に反するので継続して引き受ける事にしました。

 中間テストが1か月先に迫っているので、前回と同じ宿題の量を出し、それを自己採点させてFAXしてもらい、こちらが一字一句丁寧にチェックして送り直し再課題にしてそれを再びFAXさせてまたチェックするという、気の遠くなる作業を1か月続けました。その結果、学校の進路指導の先生にこのまま成績が伸びれば公立高校も夢ではないと言われたそうです。こちらとしても少し可能性が出てきたのだから、このまま頑張るしかないと思いました。他の生徒の指導の手抜きはもちろん出来ませんから、睡眠時間を減らしてFAXのチェックをやるしかありません、どこまで私の体がもつか多少心配でした。一学期の期末も何とか成績を伸ばしました。勝負は夏休みです。ご両親に「せめて夏休みの期間だけでも週2回にして頂けますか?」とお願いすると快諾して下さいました。夏休みは生徒本人の家庭学習の時間が増えるので、いくら時間がかかっても自分で丁寧に採点させました。自分で自分の誤りに気付いてそれを自分でやり直しをしてこそ成績は伸びます。すると夏休み明けの9月の実力テストでは、生徒本人が言いました、「今まで取ったことがない良い点でした。」と。私の目から見てもこの5か月で偏差値でいえば20近く伸びました。そして夏休みは生徒本人に丁寧に宿題の採点をさせたので私の睡眠時間も確保できました。ラストスパートする体力が戻りました。

 2学期になり再び生徒に家庭学習にかける時間が減ったので、FAXはまた私が丁寧に採点する事になりました。でも生徒の学力が伸びたので前述のような誤りはかなり減少したので私の睡眠時間も少ししか減少しませんでした。中間テストでは偏差値が55ほどになり、学校の進路指導の先生に公立高校OKの内諾を頂きました。期末テストの結果、公立高校は大丈夫と言われました。これでほぼ安心です。ご両親にお願いして宿題のチェックを生徒本人にしてもらう事にしました。もちろんこの生徒の指導の手抜きをした訳ではありません。内申で大丈夫と言われればこのまま普通に勉強すれば合格が間違いないからです。結果は公立高校合格です。


Case 9. 1か月で結果が出た生徒について年

 例年、夏休み前からは私のスケジュールも一杯になっていて入試直前に新しい生徒を引き受けることはないのですが、稀に推薦入試で合格が決まって晩秋から初冬にかけてスケジュールに空きが出来る時があります。その数少ない例をご紹介しましょう。

 ある生徒は12月のクリスマス直前に引き受けました。志望校は関西学院中でした。浜学園の最後の志望校判定模試で関西学院中C判定でした。最後まで希望を捨てたくないので、プロ家庭教師を探したとの事でした。C判定なら半年あれば何とかなるのにと思いました。しかし実際は1か月もありません。そこで、推薦入試合格で空いた生徒の時間帯(週2回2時間)に浜学園を休んで私の授業をして、過去問を15年分ほどしてもらうことにしました。まず3年分を私の目の前で3科目全部してもらいました。国語は何とか合格レベルに届いていました。そこでその生徒の国語の読解力の少し弱い点を指摘しその克服のために残りの12年分の過去問を利用するようにと指示しました。また漢字の勉強の仕方、暗記の方法を伝授しました。

 理科は基本事項の理解が弱い印象を受けました。過去問で間違えた分野を基本に返って、具体例を挙げながら丁寧に説明しました。そして、ここが一番肝心なところですが、基本事項の整理のために過去問の間違えた分野、それに関連している分野に関するレジメを生徒本人の目の前で作成し、それの5回書きをFAXさせる事を課題にしました。そして次回の授業でこれをチェックするとほとんど覚えているのです。その生徒は山本先生のレジメは非常に分かり易く、暗記し易いと言ってくれました。これを入試直前まで行い、この生徒の理科の実力は3週間ほどで非常に伸びました。

 最後に算数ですが、これが一番問題でした。計算力はそれなりにありましたが、図を書くのが下手でとても中間点が取れる代物ではありませんでした。本当は過去問ではなく浜の算数のテキストを使って基本を一から叩き込みたかったのですが、そんな時間はありません。過去問をやりながら、丁寧に基本を教えていきました。単に間違えている箇所を指摘して説明するのではなく、真に算数を解くという事はどういう事かを指導しました。計算ではたとえ正解であってもこのように計算すると、早く正確に出来るといったことをキチンと教えました。図の書き方の基本は設問の文章を読んでその内容をそのまま図にする事が大切だと、設問の文章を全部読んでから、意味を考えて図を書くのではなく、設問の文章を読みながら、その都度大事な事項を図に書き入れていくのだと指導しました。抽象的には分かりにくくても、3年分ほどの過去問でこの図の書き方を教えると良く理解してくれました。そして冬休みはほとんど毎日指導しました。入試1週間前には随分と図の書き方が上達しました。結果は関西学院中合格です。


 もう一人も同じく12月中旬に引き受けました。浜学園の生徒で金蘭千里中が志望校でした。12月の志望校判定テストで金蘭千里中C判定でした。この生徒は国語の成績が良く国語だけなら合格圏内でした。逆に考えると理科と算数では実質D判定でした。この学校は算数と国語の配点が高く、この両科目の一方が極端に悪ければ合格は難しいです。

 1年分過去問をしてもらって感じた事は「この生徒は国語の読解力が非常に高い。」という事でした。その反面算数の学力はとても金蘭千里中レベルではありませんでした。三科目受験と言っても算数、国語の比率が高く理科の比率が低い金蘭千里中受験、「さてどうしたものか?」と考えました。国語の読解力が高いといってもこの生徒は国語の勉強をあまりしてこなかったそうです。弱点の算数の勉強に多くの時間を割いたそうです。週2回といっても1か月しかありません。算数と国語を中心に指導することにしました。理科は自分で過去問を解いてもらって分からない箇所を質問してもらって、その説明をする事にしました。

 「国語は合格圏内なので算数中心の指導にしようかな?」とも思いましたが、長い間浜学園に通塾して、算数中心に勉強して算数が実質D判定なので、1か月で算数をA判定にするのは不可能だと考えました。国語の読解力が高かったので国語の指導に力を入れて算数の失点を国語で補おうと思ったのです。この勘が見事に当たりました、読解の基本を確認してから、過去問を使って間違えた箇所を、「ここはこう考えることが出来るのではないか?」、「傍線部分には指示語はないけれど、傍線部分の前に指示語がありますね、その指示語は何を指していますか?」、「この熟語の意味が分からないという事ですが、この熟語のこの漢字の訓読みは?」、とか具体的な読解のテクニックを教えていくと、過去問で何と安定して9割以上取れるようになりました。

 残るは算数です。何故長年浜学園に通って算数が伸びなかったか?過去問を数年分してみて分かりました。計算力が弱い、これが一番でした。金蘭千里中は応用問題でも計算力が必要な問題が良く出題されます。ある程度問題を理解しても計算力が弱ければ点数は取れません。典型的な計算の工夫の問題ではそれを暗記しているので出来るのですが、一般的な計算問題を解く過程でのちょっとした工夫がまるで出来ていませんでした。掛け算を筆算でする場合、どちらの数を下に書くか?3.14の計算方法は?0.25や0.625をすぐに分数に出来るか?小数で計算する場合と分数で計算する場合の区別は?というようなちょっとした計算の工夫を過去問を通して徹底的に叩き込みました。過去問を10年ほどした時、計算力は驚くほど上達していました。後は図の書き方の特訓を過去問を通して行いました。算数での失点を最小限度にするところまで算数の力を引き上げることが出来ました。何とか金蘭千里中合格です。


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