そもそも家庭教師とは一体何でしょう?

生徒達の分からない処を教える職業。 確かに「教える」仕事ですね。 しかし、家庭教師のホームページのほとんどがその「教える」ということに関して具体的なコメントがありません。これは一体どういうことでしょうか?「教える」ことは教師なら誰でもできると考えているのではないでしょうか? 「教える」ことは簡単なことではありません。 生徒の躓いている箇所を判断し、そこを分かりやすく面白く解説し、それを定着させるために宿題を出す。 その宿題の出し方、宿題のチェックの仕方(これが大事です、宿題の出しっぱなしは効果がありません)、暗記事項の定着方法の考案等を生徒の個性、能力に応じて考える。 そして二度や三度でうまくいく事の方が少ないので、これを根気よく、定着度や理解度に応じてやり方を変えながら繰り返す。 これが出来なければ、「教える」ことはできません。 こういうことは学生の家庭教師にはまず出来ません。 そして残念なことに所謂プロ家庭教師と言われている教師もキチンとやっている人は非常に少ないのが現状です。 私が教えた生徒のお母さん方は口を揃えて「山本先生のようにやってくださる家庭教師は今までいませんでした。」とおっしゃいます。

実績紹介

2019年
主に算数を指導して神戸女学院中に合格させました。


2018年
三科目(主に算数と国語)を指導して甲陽中に合格させました。


2017年
三教科(主に理科、国語)を指導し灘中に合格させました(3冠王達成)。


2016年
今年は受験生全員第一志望校合格しました。


2016年
四教科(主に英語と国語)を指導して灘高校に合格させました(トップ合格)。
三教科(算数、国語、理科)を指導して甲陽中に合格させました。


2016年
入試直前の12月の時期でもE判定の生徒を第一志望校に合格させました。


2015年
算数、国語、理科の三科目を指導し偏差値を20程度上げて第一志望校に合格させました。


2014年
4か月の指導で神戸大学法学部に合格させました。


2013年
3か月の停学処分を受けた生徒を甲南大学に推薦で合格させました。


2011年
中学1年生の冬に偏差値30ほどの生徒を引き受けて、5年間数学、英語、理科、国語を指導して偏差値60半ばの立命館大学に合格させました。


2011年
この指導実績には、具体的な教科、科目を教えていないと掲載していないのですが、あまりに嬉しいので掲載させてもらいます。
平成19年度に灘高に合格させた生徒がアメリカのエール大学に入学しました。
灘高に合格した際に灘高での勉強の仕方を教えただけですが。


2010年
数学、英語、化学、物理を指導して、同志社女子大薬学部に合格させました。


2008年
数学、国語、理科の三教科を指導して灘高校に合格させました


2007年
6月に報告です、3年程前に短期間指導した兄弟が2人とも京都大学に合格しました。兄は浪人しましたが。


2007年
2006年9月にE評価の生徒を第一志望の学校(偏差値62)に合格させました。


2007年
2006年11月に偏差値43の生徒を第一志望の学校(偏差値56)に合格させました。


生徒のタイプに応じてもう少し具体的に話しましょう。

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トゥレーヌ甲南高校に合格した生徒について

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灘中に合格した生徒について

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滝川高に合格し立命館大学に進学した生徒について

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トゥレーヌ甲南高校に合格した生徒について

 トゥレーヌ甲南中学、高校には5人合格者を出していますが、その中の1人の事を述べたいと思います。

 この生徒は中学3年生の4月に引き受けました。一学年242人中242番の生徒でした。つまり最下位です。偏差値は不明でした、というのは模試の類は一切受験した事がないからです。私のプロ家庭教師の経験上この生徒の偏差値レベルは25前後だと思われました。通常考えられる最低レベルと考えてよいと思います。一回3時間週2回私の授業をする事になりました。幸いご両親は生徒の学力を良く把握されていて進学校や公立高校への進学は仰られませんでした。私がトゥレーヌ甲南高校受験を申し出る前にご両親の方からトゥレーヌ甲南高校受験を仰いました。これはありがたかったです。

 まずは勉強の習慣を付ける事と最低限の実力を付ける事を優先することにしました。遠回りのように見えて、これが一番合格への近道です。ところが、いざ授業を始めてみると2回目の授業の時に私の出した宿題がほとんど手つかずだったのでそれを叱ると、何と私の前から逃げ出し外出してしまったのです。お母さんがすぐに私の所にいらして事の次第を説明して下さいました。今までの家庭教師の時もこのようにすぐに嫌な事から逃げ出し、家庭教師の先生方も辞めてしまったそうです。そして勉強の習慣も付かずここまできたということでした。私は提案しました、授業料は3時間分で結構ですからこのまま生徒が帰宅するまで待って、それから授業をしたいのですがと。お母さんは願ってもないことですと仰って下さいました。この生徒が帰宅したのは午前0時を回っていました。そこから私の授業の再開です。彼はまさか私がまだいるとは思っていなかったらしく(今までの家庭教師たちがそうだったから)びっくりしていました。やっていなかった宿題を一つ一つやらせました。眠気が出てきたらお母さんに言って頭から水を浴びてきてもらいました。その生徒は泣きながら問題を一つ一つ解いていきました。終了したのは午前3時頃でした。その後、私の前から逃げ出す事はなくなりました。逃げても私が帰らないのであきらめたようです。

 毎日最低限の漢字、英単語の暗記、文字式の計算問題演習をすることを宿題にして、私の授業の時に宿題のチェックをして、その間違えた漢字、英単語の5回書き、そして再課題、計算問題の間違えた問題は私の前で正解が出るまで何度でもやり直しをさせました。夏休みまでただこの繰り返しでした。夏休みには週3回にして頂けました。増加した回数は数学の応用問題、国語の読解問題、英文法英作文の基本をやりました。9月には国語英語は合格の最低点に近い点が何とか取れるようになりました。ただ数学の応用問題は全く駄目でした。その日の最初に出来た問題が私が帰宅する時には出来なくなっているということの繰り返しでした。それでも丁寧な指導をただひたすら続けるだけでした。

 受験の1か月前には国語、英語は何とか合格最低点が取れるようになりました。あとは数学だけです。一体どうしたら合格させられるか?睡眠時間を削ってとにかく考え続けました。 トゥレーヌ甲南高校特有の受験対策ですが(もうこの高校は生徒募集をしないので内幕をばらしても他の家庭教師を利する事にはならないのでここに書きます。)数学の計算問題の配点が50点あるのです、そしてその50点を全問正解に出来れば合格出来るのです、たとえ応用問題が全問不正解でも。そこで、最後の1か月間数学は計算問題だけをやらせました。ご両親にも数学の応用問題を絶対にやらせないようにお願いしました。実際の入試でも応用問題は無視して計算問題だけをするように、時間が余れば計算問題のやり直しをするようにと指示しました。合格の電話がかかってきたときには思わずガッツポーズが出ました。これでこの生徒は甲南大学に入学出来ることがほぼ確実になったのです。偏差値レベルで言えば25から45ぐらいには出来たと思います、模試は一度も受験させなかったので正確なことは分かりませんが。

灘中に合格した生徒について

 灘中に合格した生徒のほとんどは引き受けた時点で進学塾の灘クラスに在籍していました。合格の可能性が低くても灘クラスには何とか在籍してくれていないと、なかなか灘中には合格出来ないのが現実です。
 しかし中にはびっくりするぐらい伸びる生徒もいます。その生徒は5年生の春に引き受けた時点では浜学園で偏差値50程度でした。お母さんの希望としては灘、甲陽を受験できれば最高だけれども、何とか星光ぐらい受験出来る様にして下さいとのことでした。その当時の浜学園で偏差値70はないと灘中は合格出来ませんでした。漢字や計算練習、理科の知識事項の暗記はコツコツしてくれる生徒でした。
 漢字の勉強の時に注意して欲しいこと、理科の暗記事項のポイントの指摘、より暗記しやすい方法の提示を丁寧に続けました。そして算数はその子の目の前で一から図を書きました。図を書いて問題を解いた後でその図を隠して問題をその生徒に解いてもらうということを繰り返しました。1年後には偏差値が60を超えました。これで星光学院中なら何とかなるという手ごたえを感じました。
 しかしお母さんは気が変わられてどうしても灘中を受験させたいと仰いました。今のまま勉強を続けてもあと偏差値が10以上伸びるという保証は出来ませんと申し上げました。するとお母さんは週2回にしても駄目ですか?と仰いました。週2回にしたからといって、偏差値を50から60にするのと、60から70以上にするのとでは雲泥の差があるという事実に変わりはありませんと申し上げました。それでも灘中を受験させたいと仰るし、生徒本人もどうしても灘中を受験したいと言いました。
 こうまで言われれば、私も従わざるを得ません。今まで以上に指導に力を入れることにしました。週2回になるので理科の力のつり合いや水溶液、天体等よく出題される分野を丁寧に説明しました。暗記事項をまとめたレジメを今まで以上に制作しました。そして暗記が出来ているかを毎回チェックし出来ていなければ、また宿題にするという事の繰り返しを丁寧に続けました。算数は基本的には今までと同じく、質問の問題を目の前で図を書いて解くという指導ですが、もっと実力を付けてもらうために図の制作や説明を途中で止めて残りを自分で解かせるという方法を多用しました。この方法がこの生徒に合っていたようで算数、理科はいち早く何とか合格レベルに届きました。夏には志望校判定模試でB判定を取りました。夏休み以降は過去問で特訓をしました。10月にはA判定をもらいました。よく私の指導についてきてくれました。結果は灘中合格です。2年で偏差値でいえば25伸びてくれました。

 また別の生徒は夏休み直前の7月に引き受けました。希学園の灘クラスの最下位でした。前の家庭教師に灘中は無理だと言われたそうです。その家庭教師は希学園の算数の講師(灘クラスの)でした。その講師に5年生の春から1年ちょっと指導を受けていて灘クラスの最下位だと灘中は無理かなと思いました。
 まず前の家庭教師にどのような指導をしてもらっていたかを確認しました。1年ほど教えてあまり伸びなかったのですから、その講師の指導方法は間違いなくその生徒には適していなかった筈です。その講師は算数の図の書き方を速さの問題、割合の問題、比の問題、場合の数等それぞれの問題に合わせて教えその図を暗記しろというものでした。私の予想通りでした。これは塾で指導する一般的な方法ですが、家庭教師の指導法ではありません。しかし、プロといわれる家庭教師の中でもこの方法を採っている家庭教師が多いのも現実です。私は生徒の目の前で白紙の状態から図を書いていきます。そして絶えず生徒の顔色をうかがい、少しでも怪訝な顔をするとその時点で何故図をこのように書くのかを丁寧に説明します。図の書き方の根本的なことを叩き込みます。
 するとその生徒は私が質問された問題をすらすら解くものだからえらく感心するのです。何故そんなに感心するのかと聞くと、前の家庭教師の先生は塾の解答を見ながら解説していたと言うのです。その生徒は面白がって、理科や国語の質問もどんどん私に浴びせるのです。その都度私が的確で分かり易い解説をしているだけでその生徒の成績はぐんぐん伸びました。9月の志望校判定模試で灘中のA判定をもらいました。あっさりと灘中合格しました。これは私とその生徒の相性が良かったこともありますが、前任者の家庭教師のレベルが低かったことが原因です。一般に、一流の塾や予備校の講師は家庭教師としても一流だという誤解が蔓延していますが、多人数相手の指導法と一対一の指導法は根本的に異なります。保護者の方々はこの点を誤解なさらないことを切に願います。

滝川高に合格し立命館大学に進学した生徒について

この生徒を引き受けたのはもう中学2年生になろうかという中学1年生の3月でした。
クラスの最下位、偏差値は30程度でした。体に少し弱い処があり、クラスの他の生徒からイジメを受けていたという事もあり、この成績でした。お兄ちゃんと同じ滝川高に入れてくださいとの依頼でした。

 「さてどうしたものか?」と思いました。滝川高に合格させるには偏差値25は上げないといけません。「2年で25、ちょっと苦しいな」と感じました。でも弱音を吐いたからと言って偏差値は上昇しません。とにかく出来る事からコツコツとやっていくしかありません。まず学校の授業を一生懸命に聞きなさいと注意しました。ただ一生懸命に聞くと言ってもよく分からないであろうから、学校の授業の時に学校の先生の目をじっと見つめていなさいと言いました。先生の目を見つめながら、先生の言っている事を全部暗記するつもりで聞きなさいと指導しました。もちろん全部暗記出来る筈がありませんが、全部暗記しようと思って聞くことで集中力がぐーんと上昇するのです。2か月ほど経過すると生徒本人から授業が少し分かるようになったという報告を受けました。授業を集中して聞くといっても、まずは滝川高受験に必要な数学、英語、国語の三科目なので負担は少なかった筈です。

 この間に私がした主な仕事は小学校の内容の復習です。算数の分数の計算の訓練、国語の漢字の復習、文章読解の基礎の説明、これらを小学校の復習と生徒に悟られないようにプリントをコピーして教えました。学校の授業が少し分かるようになったということなので、私の宿題を少し多めに出すようにしました。しかしその宿題が問題でした。宿題を単にすれば良いと考えていて、どれだけ間違えていようとも、暗記の宿題であればほとんど暗記していなくても、宿題をしたと考えていたのです。これからがプロ家庭教師の本領の見せ所です。徹底的に意識改革です。宿題をするという事は、宿題に出された事項を再びテストされた時に完璧に出来るようにしてこそ宿題をしたと言えるのだと、暗記の宿題であれば完璧に暗記してこそ宿題をしたと言えるのだと、教え込みました。もちろんそう簡単に完璧に出来るものではありません。しかし完璧に宿題をこなそうという意思が大事なのです。完璧に宿題をしようという意思がある限り、必ず生徒の学力は伸びます。

 3か月ほどして私の宿題がそれなりにこなせるようになったのを機に、2年生の9月から私の授業は学校より先行して進めることにしました。3年生の9月からは滝川高の過去問をする予定なので、あと1年で中学3年生の内容を終了させなければなりません。さすがに授業内容を先行して勉強するのは難しいらしく、私の授業が週1回の中学2年生の間は効率よく進める事は出来ませんでした。中学3年生の4月には週2回になりました、そうなると先行授業も少しは分かり易くなったようでようやく軌道に乗ってきました。3年生の夏休みには過去問をするための基礎造りを徹底的にしました。夏休み明けの9月の模試で偏差値40程度でした。まだまだ滝川高受験には不足ですが、これでも良く伸びてくれたと私は感じていました。

 私のプロ家庭教師の経験上、偏差値が低い生徒はテストのやり方が下手な場合が多いです。もちろん学力が低いのは確かなのですが、テストのやり方を手取り足取り教えてあげるとびっくりするほど伸びる場合が多いです(例外もありますが)。過去問でテストのやり方を特訓をすれば偏差値で10は伸びるであろうと考えていました。3か月間過去問漬けの結果、12月の模試で偏差値48になりました。でも滝川高にはまだ7足りません。学校の進路指導の先生には滝川は100%無理だから、志望校をワンランク下げろと強く言われたそうです。この生徒のお兄ちゃんも直前で良く伸びてもう少しで滝川高の特進に合格出来る処までいったのです。偏差値で20ほど伸ばしたので私はこの生徒を滝川高に合格させる自信がありました。私は生徒のお母さんに言いました、「絶対に合格させてみせます、志望校を変更する必要はありません」と。

 冬休みにはお昼の時間帯にほぼ毎日授業をしました。中学受験が終了して私のスケジュールに余裕が出来てから高校受験までは週3回のペースで授業をしました。結果発表の当日、お母さんは「合格しました」と電話口で仰ってから泣き出されてしまいました。こちらも思わずもらい泣きです。

 生徒は高校受験合格で自信が付いたのか、滝川高校での勉強は非常に順調でした。難なく立命館大学合格です。偏差値レベルで言えば5年間で30から65に伸ばしました。私のプロ家庭教師の人生の中でも会心の仕事の一つです。

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