そもそも家庭教師とは一体何でしょう?

生徒達の分からない処を教える職業。 確かに「教える」仕事ですね。 しかし、家庭教師のホームページのほとんどがその「教える」ということに関して具体的なコメントがありません。これは一体どういうことでしょうか?「教える」ことは教師なら誰でもできると考えているのではないでしょうか? 「教える」ことは簡単なことではありません。 生徒の躓いている箇所を判断し、そこを分かりやすく面白く解説し、それを定着させるために宿題を出す。 その宿題の出し方、宿題のチェックの仕方(これが大事です、宿題の出しっぱなしは効果がありません)、暗記事項の定着方法の考案等を生徒の個性、能力に応じて考える。 そして二度や三度でうまくいく事の方が少ないので、これを根気よく、定着度や理解度に応じてやり方を変えながら繰り返す。 これが出来なければ、「教える」ことはできません。 こういうことは学生の家庭教師にはまず出来ません。 そして残念なことに所謂プロ家庭教師と言われている教師もキチンとやっている人は非常に少ないのが現状です。 私が教えた生徒のお母さん方は口を揃えて「山本先生のようにやってくださる家庭教師は今までいませんでした。」とおっしゃいます。

実績紹介

2017年
三教科(主に理科、国語)を指導し灘中に合格させました(3冠王達成)。


2016年
今年は受験生全員第一志望校合格しました。


2016年
四教科(主に英語と国語)を指導して灘高校に合格させました(トップ合格)。
三教科(算数、国語、理科)を指導して甲陽中に合格させました。


2016年
入試直前の12月の時期でもE判定の生徒を第一志望校に合格させました。


2015年
算数、国語、理科の三科目を指導し偏差値を20程度上げて第一志望校に合格させました。


2014年
4か月の指導で神戸大学法学部に合格させました。


2013年
3か月の停学処分を受けた生徒を甲南大学に推薦で合格させました。


2011年
中学1年生の冬に偏差値30ほどの生徒を引き受けて、5年間数学、英語、理科、国語を指導して偏差値60半ばの立命館大学に合格させました。


2011年
この指導実績には、具体的な教科、科目を教えていないと掲載していないのですが、あまりに嬉しいので掲載させてもらいます。
平成19年度に灘高に合格させた生徒がアメリカのエール大学に入学しました。
灘高に合格した際に灘高での勉強の仕方を教えただけですが。


2010年
数学、英語、化学、物理を指導して、同志社女子大薬学部に合格させました。


2008年
数学、国語、理科の三教科を指導して灘高校に合格させました


2007年
6月に報告です、3年程前に短期間指導した兄弟が2人とも京都大学に合格しました。兄は浪人しましたが。


2007年
2006年9月にE評価の生徒を第一志望の学校(偏差値62)に合格させました。


2007年
2006年11月に偏差値43の生徒を第一志望の学校(偏差値56)に合格させました。


生徒のタイプに応じてもう少し具体的に話しましょう。

banner
洛星中に合格した生徒について

詳細を読む

banner
灘高を受験し、エール大学に入学した生徒について

詳細を読む

banner
1か月で結果が出た生徒について

詳細を読む

洛星中に合格した生徒について

 洛星中もレベルが高く灘、甲陽ほどでなくても、進学塾の特進クラスに在籍してくれていないと合格は難しいです。もちろんそうでない生徒もいます。ある生徒を6年生の5月に引き受けました。引き受けた時点では希学園の最下位でした。灘クラスの最下位というのではなく、希学園全体の中で最下位でした。彼は岡山から6年生の4月に大阪に引っ越してきてすぐに希学園の入塾テストを受けたそうです。結果は合格でしたが成績は希学園の生徒の中で最下位という事でした。岡山の学校では学年で一番だったらしく、ショックを受けて大急ぎでプロの家庭教師を探して私のホームページに辿り着いたそうです。いくら教育熱心な岡山市とは言え、大阪とは比べ物になりません。この成績は致し方ありませんでした。

 さてこの生徒の肝心の実力ですが、確かに岡山の学校で一番というだけあって公立小学校の5年生レベルは確実にありました。しかし大阪の進学塾では6年生の5月には小学校卒業レベルは優にあります。すべてに受験レベルではないという状況でした。一回3時間週2回ですべての科目の学力を上げることになりました。漢字、語句の勉強の仕方、理科社会の暗記科目の暗記の仕方の基本をまず教えて毎日コツコツ勉強する事を指示しました。幸いこういうことはサボらずにきちんとする生徒でした。そのチェックをお母さんに任せ、私はその中で間違えた問題や質問を丁寧に説明し、暗記のやり直しをさせました。そして算数と理科の物理化学分野は算数の計算問題を含め徹底的に演習させました。

 夏休みには定期の週2回に加え臨時に時間の調整が付く時には出来るだけ私の授業を入れるという形で回数が増えました。一学期にやってきたことをさらに密度を高めて授業を続け、夏休み明けには何とか星光学院中ならC判定という処まで上昇しました。ただ今一つ決め手がないという感じでした。そこで私は洛星中の国語の過去問を解かせました。結果は私の採点で80点でした。文句なしの合格点です。ご両親に第一志望校を星光学院中から洛星中に変更する事を薦めました。お母さんは洛星中は盲点でしたと仰って下さいました。この生徒は小さい頃から小説をよく読んでいて物語文の読解が得意だったのです。本人は洛星中なら合格出来ると感じたのか今まで以上に勉強に力を入れてくれました。

 するとあとは算数と理科の苦手分野の水溶液の問題でした。算数はとにかく図を書くことをサボらせないことでした。この生徒は暗記物はキチンとしてくれるのですが、算数となると頭の中だけで考え図を書かない時があったのです。そうした面が理科でもあり水溶液の問題が苦手である理由でした。図を書く練習を徹底的に反復させました。分かっている事を図に書く、それを水溶液の問題の時にもするのだと指摘しました。具体的には過不足なく反応する段階を表の中に書き込むこと、これさえ出来れば水溶液の問題は得点源になりました。12月には志望校判定模試で洛星中A判定になり、見事に合格してくれました。希学園の偏差値で言えば、9ヶ月で15伸びてくれました。


 もう一人はお兄ちゃんも洛星中に合格した生徒です。この生徒を小学5年生で引き受けた時に、「この子は兄とは違うので宜しくお願いします。」とお母さんに言われました。その意味は授業を続けるうちによく分かりました。最初の授業の時には算数の力はお兄ちゃんと同等かそれ以上あるかもと感じましたが、何かにつけサボり癖のある生徒でした。最初のうちは家庭教師が物珍しいのか宿題をそれなりにしてくれていましたが、数か月後には私が来る直前に大急ぎでするという状況でした。間違えた問題は再課題になり、暗記事項で暗記が出来ていなかったものは私の目の前で5回書きをさせられるのが分かっているのにも拘らずです。そのことでその生徒を叱るとより勉強しなくなり受験出来なくてもよいとまで言い出す始末です。それでまたお母さんと相談する事になりました。

 まだ5年生なので勉強する気が出るまでこのままあまり注意しないで、私の目の前だけでも勉強させていくべきですと進言しました。進学塾に行っている訳ですから、6年生になって周りの友達全員が受験に対して真剣になってくると間違いなく一生懸命勉強するようになりますと。そうなればお兄ちゃんと同じ遺伝子を持っているのですから、必ず洛星中に合格出来ますと。案の定6年生になると私やお母さんがとやかく言わなくても自然に勉強するようになりました。そこで今までの遅れを取り戻すべく私の授業が週2回になりました。宿題のチェックや暗記事項の5回書き等をより厳しくやっていきました。生徒もそれに応えて頑張ってくれました。そして夏休み前の模試で洛星中C判定でした。もちろんまだまだ満足出来るものではありませんが、5年生の時を考えると格段の進歩です。するとお母さんから夏休み以降は週3回にして下さいとの申し入れがありました。もちろん快諾しました。

 夏休みには算数の図の書き方の訓練を徹底的にしました。理科の物理化学分野の解き方も算数と同じく自分で図や表を書かせ、設問に表が書いてある場合にはその表に足りない事項を書き込ませる作業を徹底的にやらせました。すると夏休み明けの模試では洛星中B判定になりました。生徒は大変喜んでますます勉強の意欲が高まりました。そこで夏休み明けからは塾のフォローは質問だけにして、洛星中の過去問を週3回やり込むことにしました。約2か月過去問付けの結果、10月の模試で洛星中A判定になりました。あとはこのまま勉強を続け見事に洛星中合格です。6年生になってからは非常に順調でした。指導回数を増加してくだっさた御両親に感謝です。

灘高を受験し、エール大学に入学した生徒について

 中学3年生の4月に引き受けました。その時すでに英語は灘高合格レベルでした。しかし残りの3科目はとても合格レベルとは言えませんでした。特に問題なのは、この生徒は小学5年生の時に日本にやって来て日本語の読解に少し難があるという事でした。しかし逆に考えると日本語の読解に難がある状態で 研伸館という一流の進学塾で成績を伸ばしてきたのですから、間違いなく能力があり、努力家でもあるという事です。これは何としても合格させてあげなくては。この生徒を灘高に合格させるのは私にしか出来ないと思いました。
 しかし週1回の授業で3教科を指導するのは至難の業です。とりわけ日本語力をどう伸ばすか、それが一番の難題でした。でも国語に時間を割くことは不可能でした。やはりまず数学の学力を伸ばす事が先決だと考え数学の過去問をする事にしました。その時に心掛けたことは、数学の設問の文章の解説を正確に且つ丁寧にすることでした。設問が正解であれ不正解であれ。助詞や助動詞の意味、微妙なニュアンスの違いを丁寧に解説しました。数学の過去問を解説するなかで少しずつ国語の読解力をあげる基礎を作り上げました。
 そして夏休みには週2回の指導にして頂けました。その中の1回は数学の学力を上げるのに全力を尽くしました。残りの一回は理科と国語の過去問をしました。理科は以前の数学と同じく理科の設問の文章の解説もしました。国語は読解力の底上げを心掛けました。そして、9月の塾の模試では、数学が2位になりました。これでいけるという手ごたえを感じました。ただ英語の勉強時間が減ったので英語の成績がベスト5から落ちたのが残念でした。そこで9月からは英語の過去問をして、知らない単語や熟語が出てきた時の解法を徹底的に指導しました。これで英語の成績も元に戻りました。
 後は4教科をバランス良く指導し、灘高に合格させる事が出来ました。英語以外の3教科は偏差値で10程度上げる事が出来ました。灘高合格の食事会に招待された時に灘高での勉強方法を教えました。今までの受け身の勉強ではなく、予習中心の勉強にすることが大切だと。特に理科、社会は予習の段階で内容を完全に理解しようとすること、何が大事で、何を暗記しなければならないかを自分で考えることが必要だと。こうする事でまだ完全ではない日本語の読解力も向上すると。そして学校の授業は自分の予習の理解が正しかったことを確認する場にすること、すなわち理解が不完全であればその場で理解を完全にし、暗記が不完全であればその場で暗記を完全にすること。
 SATの数学の試験は数学特有の文章の英語表現に慣れるとそんなに難しくはありません。やはり難しいのは英語でnaitive感覚がないとあの長文を短時間では出来ません。naitiveの知人がいるなら毎週(出来れば毎日)メールで連絡を取り合うことを勧めました。これで灘高での成績を上げて灘高の先生のOKがもらえればアメリカの大学に行けると助言しました。結果はエール大学入学です。

1か月で結果が出た生徒について

 例年、夏休み前からは私のスケジュールも一杯になっていて入試直前に新しい生徒を引き受けることはないのですが、稀に推薦入試で合格が決まって晩秋から初冬にかけてスケジュールに空きが出来る時があります。その数少ない例をご紹介しましょう。

 ある生徒は12月のクリスマス直前に引き受けました。志望校は関西学院中でした。浜学園の最後の志望校判定模試で関西学院中C判定でした。最後まで希望を捨てたくないので、プロ家庭教師を探したとの事でした。C判定なら半年あれば何とかなるのにと思いました。しかし実際は1か月もありません。そこで、推薦入試合格で空いた生徒の時間帯(週2回2時間)に浜学園を休んで私の授業をして、過去問を15年分ほどしてもらうことにしました。まず3年分を私の目の前で3科目全部してもらいました。国語は何とか合格レベルに届いていました。そこでその生徒の国語の読解力の少し弱い点を指摘しその克服のために残りの12年分の過去問を利用するようにと指示しました。また漢字の勉強の仕方、暗記の方法を伝授しました。

 理科は基本事項の理解が弱い印象を受けました。過去問で間違えた分野を基本に返って、具体例を挙げながら丁寧に説明しました。そして、ここが一番肝心なところですが、基本事項の整理のために過去問の間違えた分野、それに関連している分野に関するレジメを生徒本人の目の前で作成し、それの5回書きをFAXさせる事を課題にしました。そして次回の授業でこれをチェックするとほとんど覚えているのです。その生徒は山本先生のレジメは非常に分かり易く、暗記し易いと言ってくれました。これを入試直前まで行い、この生徒の理科の実力は3週間ほどで非常に伸びました。

 最後に算数ですが、これが一番問題でした。計算力はそれなりにありましたが、図を書くのが下手でとても中間点が取れる代物ではありませんでした。本当は過去問ではなく浜の算数のテキストを使って基本を一から叩き込みたかったのですが、そんな時間はありません。過去問をやりながら、丁寧に基本を教えていきました。単に間違えている箇所を指摘して説明するのではなく、真に算数を解くという事はどういう事かを指導しました。計算ではたとえ正解であってもこのように計算すると、早く正確に出来るといったことをキチンと教えました。図の書き方の基本は設問の文章を読んでその内容をそのまま図にする事が大切だと、設問の文章を全部読んでから、意味を考えて図を書くのではなく、設問の文章を読みながら、その都度大事な事項を図に書き入れていくのだと指導しました。抽象的には分かりにくくても、3年分ほどの過去問でこの図の書き方を教えると良く理解してくれました。そして冬休みはほとんど毎日指導しました。入試1週間前には随分と図の書き方が上達しました。結果は関西学院中合格です。


 もう一人も同じく12月中旬に引き受けました。浜学園の生徒で金蘭千里中が志望校でした。12月の志望校判定テストで金蘭千里中C判定でした。この生徒は国語の成績が良く国語だけなら合格圏内でした。逆に考えると理科と算数では実質D判定でした。この学校は算数と国語の配点が高く、この両科目の一方が極端に悪ければ合格は難しいです。

 1年分過去問をしてもらって感じた事は「この生徒は国語の読解力が非常に高い。」という事でした。その反面算数の学力はとても金蘭千里中レベルではありませんでした。三科目受験と言っても算数、国語の比率が高く理科の比率が低い金蘭千里中受験、「さてどうしたものか?」と考えました。国語の読解力が高いといってもこの生徒は国語の勉強をあまりしてこなかったそうです。弱点の算数の勉強に多くの時間を割いたそうです。週2回といっても1か月しかありません。算数と国語を中心に指導することにしました。理科は自分で過去問を解いてもらって分からない箇所を質問してもらって、その説明をする事にしました。

 「国語は合格圏内なので算数中心の指導にしようかな?」とも思いましたが、長い間浜学園に通塾して、算数中心に勉強して算数が実質D判定なので、1か月で算数をA判定にするのは不可能だと考えました。国語の読解力が高かったので国語の指導に力を入れて算数の失点を国語で補おうと思ったのです。この勘が見事に当たりました、読解の基本を確認してから、過去問を使って間違えた箇所を、「ここはこう考えることが出来るのではないか?」、「傍線部分には指示語はないけれど、傍線部分の前に指示語がありますね、その指示語は何を指していますか?」、「この熟語の意味が分からないという事ですが、この熟語のこの漢字の訓読みは?」、とか具体的な読解のテクニックを教えていくと、過去問で何と安定して9割以上取れるようになりました。

 残るは算数です。何故長年浜学園に通って算数が伸びなかったか?過去問を数年分してみて分かりました。計算力が弱い、これが一番でした。金蘭千里中は応用問題でも計算力が必要な問題が良く出題されます。ある程度問題を理解しても計算力が弱ければ点数は取れません。典型的な計算の工夫の問題ではそれを暗記しているので出来るのですが、一般的な計算問題を解く過程でのちょっとした工夫がまるで出来ていませんでした。掛け算を筆算でする場合、どちらの数を下に書くか?3.14の計算方法は?0.25や0.625をすぐに分数に出来るか?小数で計算する場合と分数で計算する場合の区別は?というようなちょっとした計算の工夫を過去問を通して徹底的に叩き込みました。過去問を10年ほどした時、計算力は驚くほど上達していました。後は図の書き方の特訓を過去問を通して行いました。算数での失点を最小限度にするところまで算数の力を引き上げることが出来ました。何とか金蘭千里中合格です。

上に戻る
Copyright(c) 2014 Yamamoto Inc. All Rights Reserved.